
ここ10年くらい、年の変わり目に毎年同じお願い事をするのが自分自身の恒例行事となっている。それは、「どうか今年も周りの大切な命が無事でいてくれますように」というものだ。
残念ながら、今年はその願い事が叶わなく、個人的に"死"というものに触れてしまった年だった。自分の想いも言葉も2度と伝えられることなく空中へ投げ出されて塵と化す、圧倒的な虚無。それが"死"。いつも我々の後ろに身を隠し、突然姿を現してそれまでの空間を何もかも変えてしまうもの。
そして今年は、音楽の世界でもかけがえのない命がそいつに持って行かれた。
シド・バレット 2006年7月7日没 享年60歳
ピンク・フロイドに関しては、まだ初心者の僕が説明するのも恐縮なので簡単に説明することにする。(決してめんどくさい訳ではありません、ええ、違いますとも)
大きく分けて、3人の中心人物による3時代に分けられる。まずシド・バレットの時代、続いてロジャー・ウォーターズの時代、そしてデヴィッド・ギルモアの時代。
シドが美術を専攻していたのに対し、ロジャーは建築を専攻していたようだ。音にもそれが如実に表れていて、シドがいた頃のフロイドは直感と計算に彩られたアクション・ペインティング、ロジャーの頃は精巧に組み立てられた建築物。後にプレイヤー志向のデヴィッド・ギルモアの時代になると、よりエンターテインメントな方向へ向かっている。
しかし何と言ってもこのバンドの根幹をなしているのはシド・バレットの存在。シドがいたフロイドと、彼去りし後のフロイドは、イアン・カーティスがいたジョイ・ディヴィジョンと、イアン去りし後のニューオーダーにも通じるものがあるように思う。
シドとロジャーの違いは、イアン・カーティスに対するバーナード・サムナー、あるいはカート・コバーンに対するビリー・コーガンなどを連想させる。前者が天才であるのに対し、後者は秀才。前者が文系であるのに対し、後者は理系。前者が不器用であるのに対し、後者は器用。
多くの天才が早くに命を落とすか精神的に破綻するかしているように、シドもフロイドの2枚目の制作途中で心を病み、ソロ・アルバムを出すもその後音楽シーンに復帰することはなく、印税で暮らしながら絵などを描いて過ごしていたそうだ。パパラッチなどに撮られた晩年の姿も、すさまじい変わりようだ。
(それにしても天才的でありながらコンスタントに素敵な作品を我々に届けてくれるトム・ヨークという存在は何者なのだろう)
そんなシドがピンク・フロイドに全面的に関わった唯一の作品が、1stアルバム。
「The Piper at the Gates of Dawn(邦題:夜明けの口笛吹き)」
以前U2のエッジが「プログレとヒュージョンは好きくない」的発言をしていたからという訳ではないけれど、自分も昔からプログレというものは敬遠気味だった。やたら長いソロ、ショー化したステージ。
しかし最近になってこのアルバムを聴いてびっくりしてしまった。ジョイ・ディヴィジョンのニューウェーブ感覚が好きな人、レディオヘッドの「OKコンピューター」や「Kid A」が好きな人、ブラーのヒネリ具合が好きな人は、2曲目のイントロ5秒を聴いてみてください。ヤラレます。レジに直行間違いなし。そしてレジの人が好みのタイプだったら儲けもの♪
・・・何を言っているのだろう、僕は。
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