
僕の携帯は、今時ちょっとすごい。
何がすごいのかと言うと、まず購入したのは6年ほど前、費用は1円しかかかっていない。もちろん画面は白黒、iモードはおろかメールもできない。しかも関東圏でしか使えないというおまけ付きだ。さらに、30分以上通話しているとプツプツと途切れがちになり、ついには電池が切れて使用不能となる呪われた商品でもある。
以前地方に住んでいる友人に言われたことがある。
僕「そっちへ行くと携帯が使えなくなる。」
友人「・・・・・・(関東圏から)出れないじゃん。」
さすがにそろそろ替え時かなと、先日携帯を売っているお店へ物色しに行った。
いやはや、世の中自分の知らぬところで赤い旗に向かって猪突猛進する牛のように進歩していたのだなぁと感心つつも、イマイチ購買意欲が湧かない。欲しいと思う携帯が全くないのだ。たしかに、いわゆるデザイナーズ携帯と言われる人気のあるものは、一見シンプルで格好いい。しかし、「電話」として見ればどうだろう。昔の、"でん"と構えて鳴るのを待っているような親近感や人間味が感じられない。"つん"とすまして機械的に業務をする計算機のようなものばかりだ。
「2000年代のデザイン」と言ったら、あなたが定義するイメージはどういうものだろう?
製品にしろ広告にしろ建築にしろ、一見シンプルでスタイリッシュだ。しかし僕には、無機的でどうも「匂い」が感じられないものばかりの気がする。
シンプルというのは個人的に好きだけれど、何もかもがシンプルになればそれはもうシンプルとも言えないのだから。
それに比べて、「60年代のデザイン」と言えば豊富で色とりどりのイメージを浮かべることができる。ビートルズに代表されるサイケデリックでドラッグなイメージを浮かべる人も多いかもしれないけれど、僕にとって「60年代のデザイン」と言って最も好きなもの、それは"フレンチポップ"のイメージだ。
当時のフランス音楽界を賑わせた人物に、セルジュ・ゲンズブールというプロデューサーがいる。ジェーン・バーキン、フランス・ギャル、フランソワーズ・アルディ、ブリジット・バルドー、アンナ・カリーナなど数多くの女性をプロデュースした。「フランス版60年代の小室哲哉」といったところか。
あいたっ、今「そんなものと一緒にするなーっ」と靴が飛んできました。
フランス語というのは世界で最も美しい発音だと思う。何気ないメロディでも、彼女達の囁くようなフランス語を歌にのせると魔法がかかる。
中でもフランスギャルは、日本人にも聴きやすくオススメだ。特に「おおシャンゼリゼ」のヒットで知られるジョー・ダッサンが作曲した「BEBE REQUIN(おしゃまな初恋)」などを聴くと、60年代に生まれていなかった僕でも不思議な懐かしさと安堵感を感じる。フレンチポップのジャケットや、当時のファッション雑誌、あるいは映画の中に出てくる日常的な背景を見ているだけで明るい気分になれる。
それに対し、今現在この国の巷にあふれているものは、ひどくのっぺりとした冷蔵庫のように味気ないと感じてしまう。何年か経って、「2000年代のデザイン」と言って定義されるイメージとはいったいどういうものになるのだろう。 そして、はたしてそれを後世の人が魅力的だと感じるだろうか?
と言う訳で、僕の携帯購入も当分先のことになりそうだ。
え? ぐだぐだ言ってないでさっさと買え? は、はい。。。
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