
TRAVISというバンドについて僕が抱いていた印象は、”oasisのメロディと初期radioheadのサウンドを足して、The Smithsの繊細さで割ったようなバンド”だ。
99年に発売されたセカンド・アルバム「The Man Who」は間違いなく名盤である。繊細で透明なギターサウンドの上に、フラン・ヒーリーの伸びのある声が美しいメロディに乗って響き渡る。
しかしradhioheadのようなカタルシスを求める僕にとって、「なぜ僕の上にばかり雨が降るんだろう」と歌う嘆きのサウンドは、必ずしも”必要なバンド”ではなかった。続く「The Invisible Band」のヒットにより彼らはビック・バンドとしての地位を確立するけれど、個人的には歌モノに傾倒し過ぎた印象をもった。続く「12 Memories」はバンドの方向性にも迷いが感じられ、僕の心は離れていった。
「THE BOY WITH NO NAME」は、そんな彼らの久々の傑作アルバムだ。楽曲的にみれば、あるいは随所に名曲が散りばめられていた「The Man Who」にはかなわないかもしれない。しかし、人肌の温もりを感じさせるような温かい音は、明らかにTRAVISというバンドの成長を感じる。これはバンド内の信頼関係がなければ生まれない音だし、全編アナログ録音によって制作されたというのも大きな理由だろう。
最近の音楽はほとんどコンピューターで”編集”されたものばかりだ。気に入らない箇所があれば修正すればいい。コピー&ペースト。
コンピューターを使うとたしかにタイトになりプロっぽいサウンドになる。が、あまりに完璧過ぎ、人の温もりのようなものが失われてしまう。80年代のU2と2000年代のU2を比較すれば一目瞭然だろう。
今回のTRAVISの新作を聴いて、久々に音楽を聴いてそんな”安心感”を感じることができた。
このアルバムの制作中、フラン・ヒーリーは父親になったらしい。「THE BOY WITH NO NAME」というタイトルは、彼が息子の名前を決めかねている時の心境を綴ったものに由来している。
子供が出来たのだから幸福な音になるかと思いきや、1曲目でいきなり「僕の運は尽きた」と歌う。
僕ももうけっこういい年なのだけれど、不思議と周りの親しい友人と共にみんな独身、ましてや子供もいない。同級生と会って必ず話題になるのは「なぜいつまでたってもみんな独り者なんだろう?」となる。そしてたいてい”結婚して子供でもできればそれぞれが抱えている孤独感から逃れられるだろう”という想いを抱いている。
しかしそれは幻想だ。現実には、孤独感というものは一生ついて回るものなのだから。恋人がいようがいまいが、結婚していようがいまいが、子供がいようがいまいが、孤独からは逃れられない。孤独を受け入れ、孤独を楽しむ。きっとその発想が大事なのだろう。
フラン・ヒーリー。もはや彼の頭上には雨は降っていないかもしれない。
けれど、青い空を見ながらふと孤独を想う。そんなアルバムだと思う。
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トラヴィス『The Man Who』